三方紙工(読み)みかたかみく

日本歴史地名大系 「三方紙工」の解説

三方紙工
みかたかみく

弘安八年(一二八五)但馬国太田文に「三方紙工 廿三町八反二百六十六歩」とみえ、「地頭源左衛門太郎入道」の注記があり、田地内訳は神田五反、地頭給六町一反三二四歩、公田一一町一反三〇二歩(合計は合わない)である。太田文以外に関係史料は伝わらないが、建屋紙工たきのやかみく(石和田保、現養父町)などと同じく国衙領の紙工保であったと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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