三間坂村(読み)みまさかむら

日本歴史地名大系 「三間坂村」の解説

三間坂村
みまさかむら

[現在地名]山内町大字三間坂

現山内町の中央部南に位置した街村。慶長絵図に「三面坂」とある。

正中二年(一三二五)八月二九日の鎮西裁許状案(橘中村家文書)は橘薩摩公有と三間坂十郎乗願との所領相論を裁許したものだが、この文書では十郎に「岩富名」の半分が許されている。彼の姓から村名が生れたか、十郎の住居地が三間坂村であったかのどちらかであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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