上保原村(読み)かみほばらむら

日本歴史地名大系 「上保原村」の解説

上保原村
かみほばらむら

[現在地名]保原町 旭町(あさひまち)・竹内町(たけうちまち)・黄金町(こがねまち)・油谷地(あぶらやち)、上保原など

市柳(いちやなぎ)村・在市柳(ざいいちやなぎ)村の西の平坦地に位置し、南は大鳥(おおとり)村、南西は高子(たかこ)村。西の伏黒(ふしぐろ)村(現伊達町)との境界が旧阿武隈川河道で、渡場が置かれていたとされる。中世は保原郷として推移。天文二二年(一五五三)の晴宗公采地下賜録によれば「いたて上ほはらの内 ほうせん在家」などが、富田主計に与えられており、この頃には保原郷が上・下に分れていた。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では高一千四二八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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