上早川田村(読み)かみさがわだむら

日本歴史地名大系 「上早川田村」の解説

上早川田村
かみさがわだむら

[現在地名]館林市上早川田町

北は下野国梁田やなだ野田のだ(現栃木県足利市)矢場やば川をもって境し、また同国足利あしかが高橋たかはし(現佐野市)と渡良瀬川をもって相対する。矢場川は雷電らいでん宮裏で渡良瀬川に合流する。東は下早川田村、西は傍示塚ほうじつか村。往古大井田おおいだ村と称し、応永年間(一三九四―一四二八)早川田左京之介という者が当地に住し、早川田村と改めたという(邑楽郡誌)。文明三年(一四七一)頃と思われる四月一九日付印東氏常書状(高文書)の宛先早河田民部少輔は、古河公方足利成氏の家臣高師久とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む