上板山村・下板山村(読み)かみいたやまむら・しもいたやまむら

日本歴史地名大系 「上板山村・下板山村」の解説

上板山村・下板山村
かみいたやまむら・しもいたやまむら

[現在地名]新発田市板山(いたやま)

宮古木(みやこぎ)村の東、高知(こうち)山(一〇二三・九メートル)に発する板山川右岸に位置する。板山川流域から車野原(くるまのはら)の丘陵部にかけては、先土器―縄文期の遺跡が点在する。また字館(たて)ノ越(こし)には中世の館跡がある。近世ははじめ村上藩領で、元和四年(一六一八)九月と翌五年七月の堀主膳宛堀直寄知行宛行目録(新潟大学蔵)に加治組として「板山村」が記され、上板山村は五七一石四斗余(物成一六〇石一斗余)、下板山村は六〇二石七斗余。正保国絵図には上・下両板山村がみえるが村名のみ記載。延宝九年(一六八一)頃の高反別免割家数人数帳(寛政一二年写、新発田市史資料)によると両村とも大友組に属し、上板山村は高二六八石九斗余、免四ツ三分、田畑二二町二反余、家数二五、人数二〇四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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