上槇村(読み)かみまきむら

日本歴史地名大系 「上槇村」の解説

上槇村
かみまきむら

[現在地名]津島町下畑地しもはたじ 上槇

下畑地村の枝村で、伊達氏入部以後に開発された。東は槇川まきがわ村、西は下畑地村に接する。宝永三年(一七〇六)の「大成郡録」に「慶長十九年引渡以後新田」とある。宇和島藩領。

寛文検地の石高は一五六石三斗三升三合三勺三才で、耕地面積の比率は田八二パーセント、畑一八パーセント。「弐墅截」によると村柄は「下々」、田が「中ノ下」、畑は「下」とされ、水掛りは「吉」となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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