上福山村(読み)かみふくやまむら

日本歴史地名大系 「上福山村」の解説

上福山村
かみふくやまむら

[現在地名]八幡町福山(ふくやま)

日向(につこう)川上流左岸山間の村。下福山村の東にあり、東は新出(しんで)村。内山(うちやま)に平安時代の集落跡がある。初め山口(やまぐち)村と称したが、正保年間(一六四四―四八)に上山口村と下山口村に分村、万治元年(一六五八)当村は上山口村から上福山村に改称した。正保五年の土目録(飽海郡誌)に上山口村がみえ、高三五六石余、免五ツ二分五厘。ほかに上山口村組頭五郎左衛門高九斗余、免二ツ六分とある。寛文九年(一六六九)の検地帳(渡辺文書)では高三三四石余、ほかに組頭新田三石余、名請人三八、うち屋敷持一九。二町以上の保有者は二人で、最も多い新左衛門は二町五反余、次いで五郎左衛門二町一反余。五郎左衛門は福山組九ヵ村の大組頭で、屋敷二ヵ所のほかに低年貢の組頭新田三反余をもっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む