上納持村(読み)かみのうじむら

日本歴史地名大系 「上納持村」の解説

上納持村
かみのうじむら

[現在地名]院内町上納持

恵良えら川上流域、支流あまり川が合流する山間部に位置し、西は余村、北は斎藤さいとう村。小倉藩元和人畜改帳では高一七七石余、家数八・人数二七(うち百姓五・牢人二・名子一)、牛二。百姓には小庄屋が一名含まれる。元和一〇年(一六二四)の細川忠利判物(米田家文書)に「宇佐郡上納地村影平村両所之内弐百石事宛行之訖」とみえ、米田左兵衛尉(貞之)に宛行われている。延宝八年(一六八〇)には大門組に所属し、人数五一(「人畜帳」庄家文書)。元禄豊前国高帳では高二〇一石余。中津藩郷村高帳(中津市立図書館蔵)の天保四年(一八三三)の下書によると、二〇八石余の村高のうち七五石余が永荒川欠池溝成高となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む