上野金太郎(読み)ウエノ キンタロウ

20世紀日本人名事典 「上野金太郎」の解説

上野 金太郎
ウエノ キンタロウ

明治〜昭和期の薬学者,実業家 東京薬専校校長



生年
慶応2年10月9日(1866年)

没年
昭和11(1936)年6月4日

学歴〔年〕
帝国大学医科大学薬学科〔明治25年〕卒,帝国大学医科大学大学院

学位〔年〕
薬学博士〔明治41年〕

経歴
明治27年日本麦酒に入り、29年社命でドイツに留学しビール製造を学び、31年帰国して技師長となる。39年同社解散に伴い大日本麦酒目黒工場長に就任し、大正6年取締役となる。内国製薬取締役なども務める。この間、明治41年論文「内国産阿片の『ナルコチン含量について」で薬学博士の学位を取得。また東京大学医学部講師などを務め、昭和8年東京薬学専門学校(現・東京薬大)校長となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上野金太郎」の解説

上野金太郎 うえの-きんたろう

1866-1936 明治-昭和時代前期の薬学者,実業家。
慶応2年10月9日生まれ。日本麦酒(ビール)にはいり,ドイツ留学をへて明治31年技師長となる。39年大日本麦酒目黒工場長,大正6年取締役。内国製薬取締役などもつとめる。昭和8年東京薬専(現東京薬大)の校長となった。昭和11年6月4日死去。71歳。帝国大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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