上長後村(読み)かみちようごむら

日本歴史地名大系 「上長後村」の解説

上長後村
かみちようごむら

[現在地名]藤沢市長後ちようご

引地ひきじ川の支流長後川が村中を流れる。東は七次ななつぎ村・千束せんぞく村、西は上土棚かみつちだな(現綾瀬市)、南は下土棚村に接する。長後村(下長後村)と併せて長後村として扱われることもある。近世は初め幕府直轄領、宝永三年(一七〇六)旗本土屋領となる。検地は延宝三年(一六七五)幕府代官成瀬長俊が実施(風土記稿)。南北に八王子道(滝山道)、東西に大山道が通り、その継立村である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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