下中里村(読み)しもなかざとむら

日本歴史地名大系 「下中里村」の解説

下中里村
しもなかざとむら

[現在地名]富士宮市中里東町なかざとひがしちよう泉町いずみちよう貴船町きぶねちよう淀川町よどがわちよう中島町なかじまちよう

上中里村の東、大宮おおみや町の西、潤井うるい川中流左岸低地に立地する。同川対岸の上中里村を含め中里郷と称した。寛永改高附帳に下中里村とみえ、田方一六〇石余・畑方九二石余。元禄郷帳では高二八六石余。国立史料館本元禄郷帳によれば甲斐甲府藩領。宝永二年(一七〇五)一部は旗本渡辺領となる(富士宮市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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