下城野村(読み)しもじようのむら

日本歴史地名大系 「下城野村」の解説

下城野村
しもじようのむら

[現在地名]小倉南区下城野一―三丁目・八幡町(はちまんちよう)、小倉北区片野(かたの)五丁目

現小倉南区の北部、紫(むらさき)川中流右岸に位置する。東は上城野村と接する。秋月街道が通る。たんに城野村とも。康安二年(一三六二)一一月の門司親尚軍忠状(門司文書/南北朝遺文(九州編)四)によると、門司親尚ら北朝方の軍勢は同年八月二八日に南朝方の籠る「規矩之城」へ馳せ向かって在陣、両軍は九月一〇日「城野」で合戦した。応永六年(一三九九)の豊前出兵に際して大内盛見は「城野台」に在陣したという(「応永戦乱」企救郡誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む