下川中子村(読み)しもかわなごむら

日本歴史地名大系 「下川中子村」の解説

下川中子村
しもかわなごむら

[現在地名]明野町下川中子

小貝こかい川左岸の低地にあり、南は古内ふるうち村。元和九年(一六二三)二月の水野谷様御代下館領村々石高并名主名前控(中村家文書)に村高五四五・〇七四石とあり、下館藩領であった。その後、天領旗本領・下妻藩領と支配が細分され、幕末は下妻藩領一七八石余、天領一〇四石余、旗本小笠原氏領一二四石余、須田氏領三七石余、宇都野氏領三七石余、初鹿野氏領三五石余、広戸氏領三一石余であった(各村旧高簿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む