河岸(読み)かし

百科事典マイペディア「河岸」の解説

河岸【かし】

古代中世には船を繋ぐための・棹を〈かし〉といい,などと記した。のち船の荷揚げ場を〈かし〉といった。〈〉は江戸時代に荷物や人の運送の便のため作られた川船用の着岸場をいう。河川舟運での物資流通量の増大に伴い,幕府代官・大名等が各地に新設,整備した。各河岸には河岸問屋・船持・船頭・水手(かこ)や積み荷を上げ下ろしする日雇い人が居住,旅行者休泊のため茶屋・旅籠,また周辺に市場が立ち繁栄した。関東では江戸後期に幕府が広く河岸調査を実施,河岸の公認・河岸問屋株の設定を行い運上金を課した。明治以降鉄道の発達,自動車輸送の普及により衰退し消滅。
→関連項目作間稼駄賃稼

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デジタル大辞泉「河岸」の解説

かし【河岸】

戕牁かしを立てる所の意からか》
川の岸。特に、船から荷を上げ下ろしする所。
川岸に立つ市場。特に、魚市場。
飲食・遊びなどをする場所。
河岸見世」の略。
[類語](1岸辺右岸左岸両岸岸壁向こう岸対岸川岸河岸かがん湖岸/(2市場バザールマーケット取引所朝市競り市年の市草市蚤の市バザーフリーマーケットガレージセール

か‐がん【河岸】

かわの岸。かわぎし。かし。
[類語]川岸川沿い湖岸岸辺右岸左岸両岸岸壁向こう岸対岸河岸かし

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精選版 日本国語大辞典「河岸」の解説

か‐がん【河岸】

〘名〙 川の岸。かし。
※米欧回覧実記(1877)〈久米邦武〉一「総て河岸を走ること百二十英里(マイル)にて、『オルバニー』府に達し」 〔杜牧‐秋岸詩〕

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世界大百科事典 第2版「河岸」の解説

かし【河岸】

江戸時代に河川や湖沼の沿岸にできた川船の。古代~中世には船をつなぐために水中に立てる杭・棹を〈かし〉といい,牱または杵と表記した。船に用意しておき,停泊地で水中に突き立てて用いた(《万葉集》1190)。古代には〈かし〉が一種の呪力を有しており,停泊地の海底に穴をあけて清水を噴出させたり(《肥前国風土記》杵島郡の地名説話),海の向こうから国引きしてきた土地を固め立てたり(《出雲国風土記》)したという〈かし〉立て説話がある。

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世界大百科事典内の河岸の言及

【河港】より

…明治期以前の日本では河川が重要な輸送路になり,奥地からは米や薪炭などが平底の小さい川船で下航し,海岸からは塩や塩乾魚などが上航していた。各河川沿岸には多数の船着場が散在し河岸(かし)と呼ばれていたが,流域が狭く河谷勾配の急な河川には大型の川船を通すものがなく,河港の荷役量はいずれもわずかであった。例外的に発展したのは近世の伏見港で,淀川航路によって大坂との間に貨物や旅客がさかんに往来し,明治期には小汽船がこの航路に導入された。…

【水運】より

…とくに内陸水運(河川・湖沼水運)の開発は盛んで,仙台藩による北上川改流や幕府による利根川水系改流は,その代表的なものである。水運路の開発と並んで,内陸水運の湊である河岸(かし)の創設も行われた。利根川中流の八町河岸や権現堂河岸は幕府代官の手によって年貢米輸送のために取り立てられた。…

【浜】より

…砂浜を指すことばとしては,ウタ,ナゴ,ヨリアゲ,ユリアゲ,それに関東から東北にかけてスカなどが,古来より使われている。なお,大阪では河岸(かし)のことを浜とよんだ。浦・浜【高桑 守史】。…

※「河岸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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