下戸塚町(読み)しもとつかちよう

日本歴史地名大系 「下戸塚町」の解説

下戸塚町
しもとつかちよう

[現在地名]新宿区戸山(とやま)一―三丁目

明治五年(一八七二)に旧尾張藩下屋敷の地を下戸塚町とした。同六年、地内に兵学寮戸山支寮が設置され、同寮は翌七年に陸軍戸山学校と改称。ただし、東側の一部は住宅地として残された。尾張藩下屋敷は一三万余坪の敷地内に御殿や馬場、池泉回遊式の庭園などが造営され、戸山荘とよばれた。隠居所などにあてられ、寛政五年(一七九三)には将軍徳川家斉が遊観している(徳川実紀)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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