下村城跡(読み)しもむらじようあと

日本歴史地名大系 「下村城跡」の解説

下村城跡
しもむらじようあと

[現在地名]豊田市上郷町 会下

城地は東西三三間・南北三八間と伝えるが、明治用水開削時に田や宅地と化した。「碧海郡誌」には「内藤清長(弥次右衛門)初めて築城し、太郎左衛門長政を経て、七郎左衛門清政の時に至り、徳川家康に仕へ、慶長一二年二月駿州久能城に移り廃墟となる」とある。

天文一一年(一五四二)八月織田方が内藤清長の下村城を攻めたがはね返された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 前哨戦 合戦

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む