下津林村(読み)しもつばやしむら

日本歴史地名大系 「下津林村」の解説

下津林村
しもつばやしむら

[現在地名]西京区下津林〈北浦(きたうら)町・楠(くすのき)町・芝(しば)ノ宮(みや)・大般若(だいはんにや)町・佃(つくだ)・津森(つもり)・中島(なかじま)町・番条(ばんじよう)・前泓(まえぶけ)町・水掛(みずかけ)町・八島(やしま)・六反田(ろくたんだ)町〉

北を下桂(しもかつら)、西は川島、東は牛ヶ瀬の各村に、南は乙訓(おとくに)郡久世(くぜ)(現南区)に接する。

村名は古代の下林(しもつはやし)郷(和名抄)によるとされるが、下林郷は、現北区に比定する説が有力である。中世は勝薗(しようえん)寺領桂南(かつらみなみ)庄に属していたと推定される。明応三年(一四九四)一二月の渡辺光玄田地売券(革島文書)に「下津林ミツカキ」とみえ、また同四年頃作成の桂川用水差図案(東寺百合文書)にも西岡(にしのおか)十一ヵ郷の一として下津林がみえている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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