中佐野村(読み)なかざのむら

日本歴史地名大系 「中佐野村」の解説

中佐野村
なかざのむら

[現在地名]多古町喜多きた

染井そめい村の西、東佐野とうざの村の東に位置し、多古橋たこばし川の右岸に突き出た舌状の丘陵地に立地する。寛文四年(一六六四)の松平乗久領知目録(寛文朱印留)に村名がみえる。これより先の同二年に当村のうち三五石余が旗本神尾領となっているので(天保一四年「知行郷村高帳」中富自治区文書)、同四年当時は同氏領と佐倉藩領の相給であったか。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高三一二石余、旗本神尾・堀・山角・石谷・内藤領と与力給知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む