多古町(読み)たこまち

日本歴史地名大系 「多古町」の解説

多古町
たこまち

面積:七二・六八平方キロ

香取郡の南端に位置し、西は大栄(たいえい)町・成田市・山武(さんぶ)郡芝山(しばやま)町、北は栗源(くりもと)町・山田(やまだ)町、東から南にかけては八日市場市・匝瑳(そうさ)郡光(ひかり)町・山武郡横芝(よこしば)町。国道二九六号によって八日市場市や西方の佐倉市などと結ばれる。町域の中央部を栗山(くりやま)川が南流し、借当(かりあて)川など支流を合せながら九十九里浜に向かう。流域低地からは丸木舟が出土している。一鍬田(ひとくわだ)地区の新東京国際空港(しんとうきようこくさいくうこう)第12遺跡や水戸の千田台(みとのちだだい)遺跡は旧石器時代から縄文時代にわたる遺跡。南玉造の柏熊(みなみたまづくりのかしわくま)古墳群は四世紀代、東松崎の北条塚(ひがしまつさきのほうじようづか)古墳は六世紀後半の築造とされる。千田台遺跡は奈良・平安時代の集落遺構や遺物も検出されている。「和名抄」に記載される匝瑳郡玉作(たまつくり)郷・原(はら)郷・中村(なかむら)郷は当町域に比定されるが、このうち遺称地の中村地区には郡家が置かれていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「多古町」の意味・わかりやすい解説

多古〔町〕
たこ

千葉県北東部,栗山川の中流域,下総台地にある町。 1891年町制。 1951年東条 (とうじょう) 村と合体。さらに 54年久賀 (くが) ,常盤 (ときわ) ,中 (なか) の3村と合体。室町時代千葉胤宣の小城下町として発展。多古米で知られる米作と野菜,花卉,植木などの園芸農業や,養鶏,養豚も行われる。日蓮宗本山日本寺がある。面積 72.80km2。人口 1万3735(2020)。

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