コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

中原久経 なかはら ひさつね

2件 の用語解説(中原久経の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中原久経 なかはら-ひさつね

?-? 平安後期-鎌倉時代の武士。
元暦(げんりゃく)2年(1185)源頼朝の使いとして近藤国平とともに京都にいき,平氏追討のおり略奪をくりかえした武士らの鎮圧にあたる。のち院庁下文(くだしぶみ)をたずさえ鎮西(九州)にもつかわされた。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中原久経

生年:生没年不詳
平安末・鎌倉初期の幕府吏僚。源義朝に仕え,頼朝にもおそらく流人時代から候じていたものと思われる。頼朝の兄朝長の母波多野義通の妹の子という縁で早くから源家に仕えたようである。文筆に携わる者であったが,平家追討のさなか,頼朝の命を受け元暦2(1185)年2月近藤国平と共に「鎌倉殿御使」として上洛,畿内近国の武士荘官らの非法狼藉停止に当たる。さらに7月には院庁下文を帯し鎮西に下向,同様に管内の治安維持に当たり,後継の天野遠景鎮西奉行就任まで同地にあった。久経は主に後白河院との折衝役を務めたと推測される。しかしその後については全く不明である。

(奥田環)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

中原久経の関連キーワード昌俊中原光家中村宗平二階堂行方藤原俊兼藤原光雅牧宗親源有綱源仲兼源義隆

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone