中嶺村(読み)なかみねむら

日本歴史地名大系 「中嶺村」の解説

中嶺村
なかみねむら

[現在地名]金屋町中峰(なかみね)

本堂(ほんどう)村の北、五名谷(ごみようたに)川の東側にある。「続風土記」に「中嶺の名は笠石と西ケ峯との中にあるより起る」とある。生石(おいし)ヶ峰周辺の開拓者中尾藤九郎がこの村に住みつき、当村若宮八幡宮は藤九郎の霊を祀るという(金屋町誌)。慶長検地高目録によれば村高二七三石余、小物成三斗二升。生石明神(現五名生石神社)の氏下で、元和四年(一六一八)の同社の勧進帳(上続家蔵)には当村の寄進者二三人の名が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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