中福村(読み)なかふくむら

日本歴史地名大系 「中福村」の解説

中福村
なかふくむら

[現在地名]川越市中福

下赤坂しもあかさか村の西、武蔵野台地上に立地。川越藩主松平信綱による武蔵野新田開発によって成立した村で、幕末まで川越藩領。開発請負人は初め萩原八左衛門であったが、承応三年(一六五四)に再度新田見立てがあり、翌明暦元年(一六五五)に地割が行われた。万治三年(一六六〇)に信綱の仲間頭黒田三右衛門が杉下すぎした村から移住し、ほかに五人の協力者を得て本格的な開発に着手したという(川越市今福の沿革史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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