天神川北岸の山裾にある。祭神は保食神・菅原道真。社地は近世の
「津軽一統志」に稲荷大明神とみえ、別当は浄土宗
宝永五年から毎年八月一七―一九日の祭礼には水戸
近世の
北東市街地にあり、弘前市から青森市へ向かう国道七号に面する。祭神は宇賀之御魂命・猿田彦太神・大宮能売神。旧郷社。
「津軽一統志」によれば開基は不詳だが、元和年間(一六一五―二四)二代藩主津軽信枚が再興したとある。社司は毛内対島守。「弘藩明治一統誌」には、祭神に宇賀之御魂命の代りに、倉稲魂命がみえ、坂上田村麻呂の蝦夷征伐時に、神託を受けた田村麻呂が再営したとする。その後稲荷山徳恩寺と称したが廃れ、領主の小山内伊賀が再興した。元亀二年(一五七一)伊賀の後裔和徳讃岐が、弘前藩祖大浦為信に討たれた時、家臣の尾関晴四郎が讃岐の首をこの稲荷堂地に埋め大宮能売命として崇敬したという。
祭神は倉稲魂之大神・豊受大神。旧村社。「越中国式内等旧社記」には「奥田庄稲荷村鎮座、旧伝云、社辺往昔跡也、旧社なり」とある。「越中志徴」が引く文政社号帳に富山城下稲荷町との入会産神とある。社蔵の天正八年(一五八〇)七月日の河田長親制札に「奥田村□□□公用納所之儀」とあり、稲荷社は当時の
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出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」事典 日本の地域遺産について 情報
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