中豊沢村(読み)なかとよさわむら

日本歴史地名大系 「中豊沢村」の解説

中豊沢村
なかとよさわむら

[現在地名]渋谷区円山町まるやまちよう神泉町しんせんちよう桜丘町さくらがおかちよう南平台町なんぺいだいちよう鉢山町はちやまちよう神山町かみやまちよう松濤しようとう一丁目など

中渋谷村の南西に位置する。もと同村のうちであったが、元禄年中(一六八八―一七〇四)の幕府検地によって新高付分で分村した(「極秘録」野崎家文書)。以降幕末まで幕府領であったと考えられる(「風土記稿」・旧高旧領取調帳など)。元禄郷帳に村名がみえ、高一一九石余。「風土記稿」によると家数一九。田地は上渋谷村・上豊沢村などと同様錯綜していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む