久志本村(読み)くしもとむら

日本歴史地名大系 「久志本村」の解説

久志本村
くしもとむら

[現在地名]伊勢市神久(じんきゆう)一―六丁目

勢田(せた)川中流東岸、川崎(かわさき)村の東にある。大中臣茂村の息子茂仲(筑前八郎)は大袋なる者の殺害などの罪で所領を没収された。その没収地の一部に「三丈久志本、作人箕曲三院大夫」「三丈久志本、禅師大夫作」がある(元徳三年三月一〇日「筑前八郎跡田畠注文案写」光明寺古文書)。延元三年(一三三八)光明寺僧恵観は「筑前八郎之女子」と号する白拍子鶴王子と「久志本屋敷畠壱処」をめぐって争った(「祭主大中臣親忠下文案写」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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