神田(読み)かんだ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神田
かんだ

東京都千代田区北部の地区。旧区名。江戸時代武家屋敷が多かったが,明治以後,その跡地に多くの学校が建設された。いまも私立大学が多い。地域北東端の秋葉原は電気器具問屋街,駿河台文教地区で,神保町付近は書店街を形成し,小川町にはスポーツ用品店が多く立並ぶ。江戸二大祭で名高い神田神社がある。

神田
しんでん

神社の諸費用にあてる田地。令制では不輸租田であり,農民に対し賃貸する場合と,神戸 (かんべ) の農民が耕作する場合との2様があったが,売買は許されなかった。中世以降にも神社所有田として存続した。 (→神税 )

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デジタル大辞泉の解説

かんだ【神田】[地名]

東京都千代田区の北東部を占める地域。もと東京市35区の一で、神田駿河台神田神保町一ッ橋岩本町・外神田の辺り。大学・書店・出版社が多い。神田神社ニコライ堂がある。

かんだ【神田】[姓氏・芸名]

姓氏の一。
講談師の芸名の一。
[補説]「神田」姓の人物
神田孝平(かんだたかひら)
神田乃武(かんだないぶ)
神田伯山(かんだはくざん)
神田伯竜(かんだはくりゅう)

しん‐でん【神田】

古代、収穫を神社の祭事・造営などの諸経費に充てるために設定された田。公田に準ずる不輸租田であり、売買は禁じられた。御刀代(みとしろ)。

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百科事典マイペディアの解説

神田【かんだ】

東京都千代田区の旧神田区地域。神田川北岸の外神田などと,南側の駿河台(するがだい),一ッ橋神保(じんぼう)町,内神田,東神田などに分かれ,江戸初期鎌倉河岸から発達,現在はJR,地下鉄の駅がある御茶ノ水水道橋秋葉原,内神田東部(神田駅)の各地区が発展している。
→関連項目千代田[区]文化3年の大火文政の大火

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世界大百科事典 第2版の解説

かんだ【神田】

東京都千代田区北東部の地名。北は湯島,東は日本橋,南は大手町に接する。1878年東京府15区,1932年東京市35区の一つとなり,47年麴町区と合併して現在の千代田区となった。武蔵野(山手)台地の一部である本郷台(駿河台を含む)の南端部を,西・南・東側の低地が取り囲むような地形をなす。この本郷台南部には人工的につくられた外堀(神田川)が横切り,その南側の台地部分は駿河台と呼ばれる。神田は江戸時代の職人町,町人町から発展し,神田明神神田祭などで威勢のいい下町的な所として知られている。

しんでん【神田】

神社の神饌や供祭料などの祭祀等の諸経費にあてる田地。《日本書紀》崇神7年11月条に〈天社国社および神地,神戸を定む〉とみえるが,神田は大化前代から存在し,御戸代(みとしろ)と呼ばれた。律令制下では一般の田地と異なって,収授の対象から除かれている。また,神田の売買は禁止されていた。《令集解》にみえる明法家の古記説(大宝令を注釈した説)によれば神田を輸租田とするが,田租は神社の収入になり,実質的には不輸租田と同じである。

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大辞林 第三版の解説

かんだ【神田】

東京都千代田区の地名。もと神田区をなす。神田明神・ニコライ堂などがある。神田神保町には出版社や古本・新本の書店が集中する。

かんだ【神田】

姓氏の一。

しんでん【神田】

奈良・平安時代、神社がその諸経費をまかなうために所有する田。特定の田を神田として公民に賃租して耕作させる場合と、神戸かんべの口分田を神田とする場合とがあった。みとしろ。おおみた。かみた。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕神田(かんだ)


東京都千代田区北東部の商業地区。
旧・神田区の区域をさす。現在、神田小川町など多数の町名の冠称に残る。江戸時代には、神田川に鎌倉河岸などの河港があり、鍛冶・紺屋などの商工業が発展。駿河台は明治大学日本大学などの私立大学が集まる文教地区。神保町の古書店街、秋葉原の電器店街など、各種の専門店街・問屋街や、日本大学病院・三井記念病院などの医療機関がある。

〔東京都〕神田(かんだ)


東京都千代田(ちよだ)区北東部の商業地区。1947年(昭和22)までの旧神田区の区域をさす。現在、神田小川(おがわ)町など多数の町名の冠称に残る。江戸時代、日本橋(にほんばし)川に鎌倉(かまくら)河岸などの河港があり、鍛冶(かじ)町・紺屋(こんや)町などは商工業地区。神田駿河(するが)台は明大・日大などの私立大学が集まる文教地区。神田神保(じんぼう)町は古書店街、秋葉原(あきはばら)は電器店街など、各種の専門店街・問屋街がある。

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精選版 日本国語大辞典の解説

かみ‐た【神田】

〘名〙 神社に所属している田。この田からの収穫で神事や造営の費用、神職の給料などをまかなう。神の田。しんでん。
古今著聞集(1254)一「神主牢籠の事ありて、論じけるものありとて、神田を刈とらんとしければ」

かんだ【神田】

東京都千代田区北東部の地名。上古伊勢神宮の神田(かみだ)があったところからの呼称。東京都三五区の一つであったが、昭和二二年(一九四七)麹町区と合併して千代田区となる。二三区のほぼ中央にあり、神田生まれは江戸っ子の代表とされた。大学や出版社、書店などが多い。神田神社(神田明神)がある。

かんだ【神田】

姓氏の一つ。

しん‐でん【神田】

〘名〙 (古くは「じんでん」とも) 神社に付属して、その収穫を神社の祭典や造営、または神職の給料などの諸費にあてるための田地。不輸租田とした。みとしろ。おおみた。かみた。
※令義解(718)田「凡田。六年一班。〈神田寺田。不此限〉」

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世界大百科事典内の神田の言及

【江戸】より

…徳川氏は江戸を関八州の中心にしようと,低湿地の埋立て,船入堀の造成,橋の架設などを行った。神田湯島台などに屋敷地が造成されて三河などから家臣団を受け入れ,また日本橋辺の町地には畿内や東海地方からの商人が移住するようになった。しかしまだ江戸の町づくりは本格化していなかった。…

【古本屋】より

…江戸時代の出版,新古書店は,京橋,日本橋方面に多く,江戸時代末期から明治時代初期には芝方面にも多くなった。その時期神田は主として旗本の屋敷であったが,幕末・明治初年に東京大学,東京外国語大学,一橋大学,明治大学,専修大学,中央大学,法政大学,日本大学などの前身が開校するとともに学者・学生が集まり,書物の需要の増加によって神田書店街が出現した。明治10年代に淡路町,小川町付近に始まり,駿河台下から神保町,九段下,水道橋通りへと延びて今日に至っている。…

【官省符荘】より

…政府が,太政官符や,それをうけた民部省符を下して(これらを総称して官省符という),荘園の永代領有と,その田地からほんらい国に納めるべき租税を免除される不輸の特権とを公認した荘園。特定の神社・寺院に所有が認められた神田寺田は,律令国家の初期にはまだ正式な不輸租田でなかったが,8世紀中期,天平宝字年間のはじめごろ,神田・寺田は公田として取り扱われるようになり,正式に不輸租田となった。そこで政府は,神田・寺田を官省符で不輸租荘園として公認する手続をとったのが,官省符荘のはじまりである。…

※「神田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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