久米遺跡(読み)くめいせき

日本歴史地名大系 「久米遺跡」の解説

久米遺跡
くめいせき

[現在地名]志摩町野北

弥生時代前期末から中期前半にかけて営まれた甕棺墓群で、山から北に派生する舌状台地の緩斜面に位置する。甕棺墓群は二四基からなり、A―Dの四群に分れ墓道で結ばれる。墓地は南(C・D群)から北(A・B群)へ展開し、墓域の範囲は調査区のさらに南北に広がる。C群の六号甕棺墓には切先を下に向けた状態で鞘に収められた細形銅剣が副葬され、墓壙埋土からは碧玉製管玉が出ている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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