乙母村(読み)おともむら

日本歴史地名大系 「乙母村」の解説

乙母村
おともむら

[現在地名]上野村乙母

南境を神流かんな川が東流し、東は勝山かつやま村、西は乙父おつち村、南は川和かわわ村と接する。神流川沿いに十石じつこく街道が抜ける。古くは乙父村と一村遠西とおにし村と称した。村名は木曾義仲の遺臣今井四郎兼平の郎党夫婦が今井氏の幼童を奉じて逃落ちた媼の居所にちなむという。近世はおおむね幕府領。寛文郷帳の高四五石余はすべて畑方。峯林みねばやし御巣鷹山など野栗沢のぐりさわ村管理の御巣鷹山が四ヵ所あった(享保五年「御巣鷹山見分請状」高崎市立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 勝山 伝承

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む