了源寺(読み)りようげんじ

日本歴史地名大系 「了源寺」の解説

了源寺
りようげんじ

[現在地名]上野市佐那具町 西町

寒桜山と号し本尊阿弥陀如来。真宗仏光寺派。京都仏光ぶつこう寺七世了源の墓所があり、墓碑は長子源鸞の筆と伝える。了源の母は日野資朝の娘ないし姉という(渋谷歴世略伝)。了源は建武元年(一三三四)伊勢鈴鹿の草庵に六ヵ月も滞在、翌二年「伊賀国ノ綾郡ノ坊舎」に移っている(仏光寺中興了源上人伝)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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