伊賀(読み)いが

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

伊賀
いが

三重県北西部,伊賀市北東部の旧町域。上野盆地北東端に位置する。 1955年西柘植村,壬生野村が合体,春日村となる。 1942年東柘植村が柘植町に改称。 1959年春日村,柘植町が合体して伊賀町となる。 2004年上野市,島ヶ原村,阿山町, 大山田村, 青山町と合体して伊賀市となった。農林業がおもで,肉牛飼育やシイタケ栽培も行なわれる。名阪国道 (国道 25号線) が通じてからは電機,縫製などの工場が進出。松尾芭蕉の生誕地説がある。東部に霊山 (766m) があり,ハイキングコースが通じる。中心地区は古い歴史をもつ柘植万寿寺には国の重要文化財の地蔵菩薩像がある。最北部は鈴鹿国定公園に属する。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊賀 いが

1637-1714 江戸時代前期-中期の女性。
寛永14年生まれ。良純入道親王の娘。配流の父にしたがい,10歳から甲斐(かい)(山梨県)天目山ですごす。和歌にすぐれ,その縁で寛文元年(1661)肥前小城藩(佐賀県)藩主鍋島直能(なべしま-なおよし)の後妻となり,翌年久丸(のちの3代藩主元武(もとたけ))を生んだ。正徳(しょうとく)4年7月26日死去。78歳。法名長寿院

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大辞林 第三版の解説

いが【伊賀】

旧国名の一。三重県西部にあたる。伊州。
三重県北西部の市。古くから京都・奈良と、伊勢を結ぶ交通の要衝。伊賀流忍者の発祥地、松尾芭蕉の生地。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伊賀
いが

三重県中西部、阿山(あやま)郡にあった旧町名(伊賀町(ちょう))。現在は伊賀市の北部東側を占める一地域。1955年(昭和30)西柘植(にしつげ)、壬生野(みぶの)の2村が合併して春日(かすが)村設置、1959年柘植町と春日村が合併して成立。2004年(平成16)上野市、阿山町、青山町、島ヶ原村、大山田村と合併、伊賀市となる。名称の「伊賀」は旧国名によった。旧町域は、上野盆地の北東端に位置し、中央を柘植川が西流し、北は滋賀県との境をなす低い丘陵に、東は鈴鹿(すずか)山脈と布引(ぬのびき)山地にくぎられる。JR関西本線が通じ、JR柘植駅で草津線が分岐する。柘植は古くから伊賀、伊勢(いせ)の接点で大和(やまと)街道(国道25号)の宿場であった。この街道に沿って名阪国道が走り、農業と畜産を主とする農村に工場やゴルフ場の立地をもたらした。松尾芭蕉(ばしょう)生誕地説があり、碑が立てられている。万寿寺の地蔵菩薩坐像(じぞうぼさつざぞう)は国指定重要文化財。鈴鹿国定公園の特別地域に指定されている余野公園はツツジの名所として知られる。[伊藤達雄]
『『伊賀町史』(1979・伊賀町)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

いが【伊賀】

[1]
[一] (「風土記」によれば、その昔、猿田彦神の娘伊賀津姫の所領であったため名づけられたという) 東海道一五か国の一つ。大化改新で伊勢国に合併されたが、天武天皇九年(六八〇)、再び伊賀国となる。平安時代は伊賀平氏、鎌倉時代は大内・千葉氏、室町時代は伊勢の北畠氏の勢力下。江戸時代は藤堂氏が支配。廃藩置県により安濃津県となり、明治五年(一八七二)三重県に編入。伊州。賀州。以加。
[二] 三重県西部、伊賀盆地とその周辺地域からなる市。平成一六年(二〇〇四)上野市と周辺町村が合併して成立。中心地の上野は藤堂氏の城下町として発展。→上野
[2] 〘名〙 「いがもの(伊賀者)」の略。
※政談(1727頃)二「其外坊主・御徒・御徒目附・伊賀の類」

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