佐那具村(読み)さなぐむら

日本歴史地名大系 「佐那具村」の解説

佐那具村
さなぐむら

[現在地名]上野市佐那具町

千歳せんざい村の北。柘植つげ川と河合かわい川が東部で合し西流する。県下最大の前方後円墳御墓山おはかやま古墳は「日本書紀」雄略紀にみえる「伊賀の青墓」といわれ、伊勢・近江から上野盆地に入る最も狭隘な地にあり、防御に適している。朝日郎の矢が官軍の甲を貫き通した物語は、周辺に鉄製武器製造の技術集団の存在をうかがわせ、天目一箇神に「鉄鐸を作らしむ」とあり、「鐸」を「作那伎さなぎ」と読むが(古語拾遺)、南隣の千歳せんざい村から銅鐸が出土しており、佐那具の村名はこの「鐸」に関係する名称とも考えられる。

保延四年(一一三八)八月一三日付の伊賀国百姓等申状(大須宝玉院所蔵東大寺文書)には百姓一四名のなかに佐那具友包の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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