二連原村(読み)にれんばらむら

日本歴史地名大系 「二連原村」の解説

二連原村
にれんばらむら

[現在地名]竹野町二連原

小城(こじよう)村の南、竹野川支流三椒(さんしよ)川の中流域に位置する。南は気多(けた)郡椒銅山(はじかみあかがねやま)村。元禄(一六八八―一七〇四)頃から出石藩内では一村として扱われているが、公的には小城村のうち(→小城村)。元禄一一年の御国絵図御用ニ付道法書上帳(冨森家文書)に村名がみえ、高二六石余。元文四年(一七三九)の家数人数其外書上帳(細田家文書)によると家数一三・人数七一、社一、牛三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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