五町(読み)いつつじちよう

日本歴史地名大系 「五町」の解説


いつつじちよう

上京区五辻通大宮西入

東西に五辻いつつじ通、南北に智恵光院ちえこういん通が通る。

元亀二年(一五七一)の御借米之記(立入宗継文書)に「五辻子町」とあり、川西組に属した。寛永一四年(一六三七)洛中絵図には「五ツ辻丁」とあり、以後変わらない。

享保初年の京都御役所向大概覚書によると、町には「立花」師の石田徳兵衛がいた。

正徳五年(一七一五)改の京廻惣土居藪并洛中洛外内藪之事には、五辻町の中、大宮通より西へ二丁の所に常珎藪という六四七坪の藪があったとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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