井往戸洞(読み)いおどぼら

日本歴史地名大系 「井往戸洞」の解説

井往戸洞
いおどぼら

[現在地名]美山町神崎かんざき

神崎川上流部に位置し、北に仲越なかごし洞、南に神崎村本郷があり、神崎村の枝郷。伊往戸洞とも記し、現在は「いおうど」とよぶ。江戸時代を通じて幕府領。文化七年(一八一〇)の神崎村四組明細帳によれば、承応三年(一六五四)検地により井往戸洞の高五三石余とある。元文五年(一七四〇)の神崎村明細帳(多田文書)では枝郷井往戸洞への道法は一里と記される。神崎村全体の山年貢米七石のうち二石三斗余を負担し、紙舟役金一分・永八五文のうち永九六文八分余、鉄砲運上金一分・永二〇〇文のうち永一五〇文を負担する。天保九年(一八三八)の神崎村本郷諸夫銀四組割符帳(多田文書)では山年貢米二石九升一合、紙舟役永九九文六分八厘、鉄砲役永一五一文、以上二品の口永七文五分二厘とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 庄屋

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む