井於庄(読み)いおのしよう

日本歴史地名大系 「井於庄」の解説

井於庄
いおのしよう

「延喜式」神名帳にみえる「井於(イノヘノ)神社」はもと宇野辺(うのべ)村にあったのを享徳年中(一四五二―五五)に蔵垣内(くらがいち)村に遷祀したといわれ、現在蔵垣内(くらかきうち)三丁目に井於(いお)神社として祀られている。当庄は式内井於神社の旧地宇野辺を中心とした地にあったと推定される。「長秋記」大治五年(一一三〇)三月四日および七日条によると、井於庄についてなんらかの係争があったらしく、源師時は訴えがあれば理由を述べるから、まず裁許するように指示しており、「井於庄遣使雑色常季」の名もみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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