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大館常興日記 おおだてじょうこうにっき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大館常興日記
おおだてじょうこうにっき

『公儀日記』または『大館入道常興日記』ともいう。晩年に室町幕府内談衆となって幕政に参加した大館伊予守尚氏 (ひさうじ) の日記。8冊。天文7 (1538) 年から同 11年までにわたり将軍義晴時代の幕府の政治,礼式を中心として記したもので,武家故実を知る好史料。『文科大学史誌叢書』『続史料大成』所収。

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百科事典マイペディアの解説

大館常興日記【おおだちじょうこうにっき】

室町幕府内談衆(ないだんしゅう)の大館尚氏(ひさうじ)(法名は常興)の日記。記事は1538年から1542年に及ぶが,途中欠損して伝存しない部分が多い。常興の生涯は不明な部分が多いが,室町幕府の9代将軍足利義尚(よしひさ)に仕え,日記の時期は12代将軍足利義晴(よしはる)の執政に参与していた時代にあたる。

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世界大百科事典 第2版の解説

おおだてじょうこうにっき【大館常興日記】

1538‐42年(天文7‐11)の大館(おおだて∥おおだち)尚氏(法名常興)の日記。途中欠損して伝わらない部分が多い。尚氏の生涯は大部分不明であるが,室町幕府第9代将軍足利義尚の御供衆・申次衆として仕え,武家故実にも通じていた。現存部分は幕府内談衆として第12代将軍義晴の執政に参与していた年代にあたり,幕府奉行人と内談衆とのかかわりなど当時の幕府の政治体制を解明するうえで重要な史料である。《続史料大成》所収。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大館常興日記
おおだちじょうこうにっき

室町幕府の近臣大館尚氏(ひさうじ)(法名常興)の日記。現在残るところは1538年(天文7)より42年まで(途中一部欠)で、常興にとっては80歳近い最晩年のものである。常興は将軍に近侍していただけでなく、有職故実(ゆうそくこじつ)にも通じていたため政界で重きをなしていた。日記には、将軍やその周辺の動静、評定(ひょうじょう)の記録、大館氏の関与した所領の記事などが丹念に記され、この時期の史料として貴重である。『続史料大成』所収。[桑山浩然]

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