井足庄(読み)いだにのしよう

日本歴史地名大系 「井足庄」の解説

井足庄
いだにのしよう

寿永年間(一一八二―八五)と考えられる「榛原町史」所収の興福寺法橋長尊奉書(維摩会引付)に、運上物の押取事件に関して、「井足庄」があり、この時期に興福寺領荘園であったと考えられる。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)の宇多郡庄々郷々注文の一乗院方に「井足吉野免田六石」、また別に「公文東山辺井足庄春日領 神主 東金堂」とある。これらによると、室町期には興福寺一乗院領となっており、春日社・興福寺東金(とうこん)堂・金峯山(きんぶせん)寺の得分もあったと考えられる。現大字山辺三(やまべさん)の在地武士と考えられる東山辺氏が公文であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む