仁鮒村(読み)にぶなむら

日本歴史地名大系 「仁鮒村」の解説

仁鮒村
にぶなむら

[現在地名]二ッ井町仁鮒

米代川の南岸に面し、小掛こがけ(内川)河口にあたる。東は秋田郡麻生あそう(現二ッ井町)、西は切石きりいし村、南は小掛村、北は米代川を隔てて薄井うすい村と接する。

天正一九年(一五九一)の出羽国秋田郡知行目録写(秋田家文書)に「六百七拾八石壱斗九合 とひ禰村 にふな村」とある。戦国末期に村は秋田氏の支配下に入るが、文禄元年(一五九二)の秋田実季分限帳(秋田家文書)に五〇石三斗四升と記され、慶長六年(一六〇一)の秋田実季侍分限(秋田家文書)には鑓衆が一人記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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