今任(読み)いまとう

日本歴史地名大系 「今任」の解説

今任
いまとう

今任原いまとうばるに比定される。鎌倉時代初期とみられる弥勒寺喜多院所領注進状(石清水文書/大日本古文書四―二)に「今任」とみえ、宇佐宮弥勒寺喜多きた院領であった。観応三年(一三五二)六月日の西郷有政軍忠状写(西郷文書/南北朝遺文(九州編)三など)によれば、有政らは前年の九月一二日に「今任村」に発向している。今任地頭職は、貞治四年(一三六五)一〇月五日に将軍足利義詮が宗像氏俊に軍功の賞として与え、応安四年(一三七一)七月二六日に氏俊より弥松(氏頼)へ譲られている(宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)。元中元年(一三八四)一一月二一日の征西将軍宮令旨(阿蘇家文書/南北朝遺文(九州編)五)によれば、「今任庄」は肥後阿蘇あそ(現熊本県一の宮町)大宮司惟政に寄進された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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