今熊野跡(読み)いまくまのあと

日本歴史地名大系 「今熊野跡」の解説

今熊野跡
いまくまのあと

[現在地名]阿山町上友田

北方東湯舟ひがしゆぶねとの地続きぼうだににあり、熊野社とよばれ、熊野久須毘命ほか四神を祀り、五所神社とも称され、明治三九年(一九〇六)中友田の鞆田なかともだのともだ神社に合祀された。今熊野は建暦三年(一二一三)九月付の東大寺領某荘注進状(東大寺図書館蔵華厳宗論義抄下裏文書)に「若此条虚言申上候者、奉始梵天帝尺、殊大仏・八幡、当御庄鎮守朝日・椿・今熊野等、惣六十余国大小神祇罰(下略)」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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