国指定史跡ガイド 「仏法寺跡」の解説
ぶっぽうじあと【仏法寺跡】
神奈川県鎌倉市極楽寺にある寺院跡。市の西側の霊山(りょうぜん)と呼ばれる山稜部にあり、鎌倉幕府・北条氏の支援のもと、陸上・海上交通を支配した西大寺流律宗極楽寺の有力末寺で、寺域の北西側は谷を挟んで極楽寺に続き、北側には極楽寺坂が通っている。極楽寺坂を開削した忍性(にんしょう)は、13世紀後半に仏法寺に住し、請雨法(しょううほう)を修したと伝えられている。2002年(平成14)の発掘調査によって、山頂部付近で葬地や供養遺構が、平場で礎石建物跡や池跡などが発見され、13世紀後半から16世紀のかわらけ、陶磁器、石塔類、火葬骨のほか、池跡からは柿経(こけらきょう)なども出土した。この地域は新田義貞の鎌倉攻めの激戦地の一つでもあり、都市周縁部の葬送・供養関係の遺構も良好に残されており、2006年(平成18)に国の史跡に指定された。江ノ島電鉄極楽寺駅から徒歩約20分。