仲座村(読み)なかざむら

日本歴史地名大系 「仲座村」の解説

仲座村
なかざむら

[現在地名]具志頭仲座なかざ

具志頭ぐしちやん間切の南西端に位置し、西は摩文仁まぶい間切摩文仁まぶい(現糸満市)。絵図郷村帳と琉球国高究帳に中座なかざ村、一九世紀以降の琉球一件帳や「琉球藩雑記」には仲座村とみえる。高究帳によると畠のみで高六〇石余。「琉球国由来記」に載る上城いーぐすく之嶽は南方与座よざの石灰岩台地崖上のいーグスク内にあり、中座ノロの祭祀場であった。現在も五月ウマチーなどの村落祭祀の重要な拝所となり、喜屋武門中(仲座の主要な親族集団)が中心となって祭祀を行っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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