摩文仁(読み)まぶに

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

摩文仁
まぶに

沖縄県沖縄島の南端にある糸満市の地区。旧間切(まぎり。行政区画),旧村名。第2次世界大戦末期の沖縄戦最後の激戦地(→沖縄の戦い)。海に臨む断崖に残る艦砲射撃の弾痕,島守の塔,ひめゆりの塔(→ひめゆり部隊),魂魄の塔など戦跡が多く,摩文仁丘(まぶにがおか)には各都道府県の慰霊塔のある平和祈念公園,沖縄戦 50年を期に 1995年6月に除幕された「平和の礎(いしじ)」がある。沖縄戦跡国定公園に属する。

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百科事典マイペディアの解説

摩文仁【まぶに】

沖縄県糸満市の大字。沖縄本島南端部に位置し,沖縄戦終焉の地として平和公園となり,多数の慰霊塔が林立,平和祈念資料館・平和の礎(いしじ)がある。沖縄戦末期,日本軍は中部戦線で壊滅状態となったにもかかわらず,島民の避難地であった本島南部に撤退,司令部を摩文仁高地に置いて戦闘を継続した。しかし約1ヵ月にわたる米軍の猛攻で戦線は陥落。一掃作戦の巻き添えとなった住民・避難民に多数の犠牲者を出した。1945年6月23日,牛島満司令官は司令部壕で自決,ここに日本軍の組織的戦闘は終了した。〈平和の礎〉は沖縄戦で亡くなった国内外のすべての人々を追悼し,世界の恒久平和を祈念するために戦没者の氏名を刻銘した記念碑で,1995年に除幕,沖縄戦60周年の2005年6月現在,23万9801人の犠牲者名が刻まれている。
→関連項目沖縄戦跡国定公園鉄血勤皇隊

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大辞林 第三版の解説

まぶに【摩文仁】

沖縄県糸満いとまん市の地名。沖縄島南端部にある。第二次大戦の沖縄戦の激戦地。沖縄戦跡国定公園となり、戦没者の慰霊碑が多い。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕摩文仁(まぶに)


沖縄本島南部、糸満市にある地域名。
旧摩文仁村の村域に相当。第二次世界大戦末期の沖縄戦最後の激戦地。平和祈念公園、ひめゆりの塔で知られる。

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