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中座 なかざ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中座
なかざ

大阪市中央区道頓堀にある劇場。慶安5 (1652) 年創設。当時大坂に3つあった大芝居小屋のまんなかにあったため中の芝居と呼ばれ,角の芝居 (現角座) とともに大坂の代表的な歌舞伎小屋として栄えた。何度か火災で焼失したがそのたびに再建され,1920年からは松竹の経営。1世中村鴈治郎本拠地となった。 45年に戦災で焼失。再建後は関西歌舞伎の衰退に伴い,松竹新喜劇の本拠地となった。現在は歌舞伎,大衆演劇,新喜劇などを上演している。客席数 802。

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デジタル大辞泉の解説

ちゅう‐ざ【中座/中×坐】

[名](スル)会合や談話などの途中で席を外すこと。「電話のために―する」

なか‐ざ【中座】

講談師の階級で、前座と真打(しんうち)(後座)との中間に位するもの。中座読み。

なかざ【中座】[劇場]

大阪市中央区道頓堀にあった劇場。承応年間(1652~1655)の創立という。「中の芝居」とよばれ、江戸時代は大坂の歌舞伎興行の中心であった。平成11年(1999)閉鎖。

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世界大百科事典 第2版の解説

なかざ【中座】

大阪市中央区道頓堀1丁目(旧,西櫓町)の劇場。1652年(承応1)の道頓堀芝居名代御定のおりの塩屋九郎右衛門芝居に始まる。大西芝居と角の芝居にはさまれて大芝居三座の真ん中にあったので,中の芝居と呼ばれた。元禄期(1688‐1704)から片岡仁左衛門岩井半四郎竹島幸左衛門などが座本として活躍。何度か焼失の災にあいながら,大西芝居の衰退の中にも一貫して角座とともに大坂の大芝居劇場として栄えた。1876年焼失,同年11月に新築落成。

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大辞林 第三版の解説

ちゅうざ【中座】

( 名 ) スル
途中で座をはずすこと。 「会議を-する」
江戸時代京都で、鉄棒かなぼう引きや囚人の縄取りなどを勤めた町ちよう役人。

なかざ【中座】

座の中央。中央の座席。
途中で座を立つこと。ちゅうざ。
朝座と夕座の間の休息。
江戸新吉原で、張り見世の中央の席。また、そこに座る上位の女郎。

なかざ【中座】

大阪道頓堀にあった歌舞伎劇場。1652年塩屋九郎右衛門創立の「中の芝居」に始まるという。1872年(明治5)に改称。1999年(平成11)閉館。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中座
なかざ

大阪市中央区道頓堀(どうとんぼり)にあった劇場。1652年(承応1)京都から下った塩屋九郎右衛門(くろうえもん)の芝居が公許になったのに始まる。所在地が大西の芝居(1887年=明治20=浪花(なにわ)座と改称、2002年=平成14=1月閉館)と角(かど)の芝居(角座)の中間にあったので、中の芝居とよばれ、江戸時代大坂の伝統ある大劇場として栄えた。1920年(大正9)松竹合名社の経営となり改築、以後初世中村鴈治郎(がんじろう)、2世中村梅玉(ばいぎょく)、初世実川延若(じつかわえんじゃく)らが活躍した。1945年(昭和20)戦災により焼失したが、47年再築し、市川寿海(じゅかい)、2世中村鴈治郎、13世片岡仁左衛門(にざえもん)らによる歌舞伎(かぶき)や、松竹新喜劇などの興行が続けられ、大阪でもっとも伝統と古格を保つ歌舞伎劇場として存在意義をもっていた。1999年(平成11)10月経営不振などの理由により閉館した。[菊池 明]

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