伊勢方村(読み)いせがたむら

日本歴史地名大系 「伊勢方村」の解説

伊勢方村
いせがたむら

[現在地名]深谷市伊勢方

小山こやま川と上唐沢かみからさわ川とに挟まれた沖積低地に位置し、東は谷野やの村、西から南は岡部おかべ(現岡部町)岡部領に所属(風土記稿)。戦国期に深谷上杉氏の支配下に入り、上杉氏は深谷城築城の頃、当地に仮城を築いて居住したという。この城は伊勢方城あるいは曲田まがつた城・谷之やの城ともよばれ、後年上杉氏の重臣岡谷香丹が皿沼さらぬま(上敷免地内)を長子清英に譲って曲田城に退老、天文四年(一五三五)城内に皎心こうしん(谷之地内)を創建したという(「重修岡谷家譜」群馬県館林市立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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