伊戸村(読み)いとむら

日本歴史地名大系 「伊戸村」の解説

伊戸村
いとむら

[現在地名]館山市伊戸

坂足さかだる村の西に位置し、南は海に臨む。本村の東に枝郷の根本ねもとがある。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録では高三七二石余(うち田二七〇石余)。同一五年の里見家分限帳によると円勝院(円光寺か)領など寺社領一四石、ほかは里見氏直轄地。正保郷帳では糸村とみえ、田高三六四石余・畑高一六三石余で旗本本多領。享保一二年(一七二七)の安房国村々助郷請帳(岩崎家文書)、元文村高帳でも同領。天保一三年(一八四二)武蔵忍藩領となる(同一四年忍藩領郷村高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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