修理田村(読み)しゆりたむら

日本歴史地名大系 「修理田村」の解説

修理田村
しゆりたむら

[現在地名]佐賀市巨勢町こせまち大字修理田

正保絵図に「尻田村」とある。巨勢川の南の地域。巨勢川の北の現兵庫ひようご町地区に北修理田という地があるが、これは藩政期には中佐賀郷しも村に属し、行政的にはまったく別であった。当村は本藩の蔵入地で、初代藩主鍋島勝茂の夫人高源院が元和四年(一六一八)に建立した安養山元忠げんちゆう寺や、万治元年(一六五八)に二代藩主光茂が勧請した山王さんのう社があったが、明治に至り寺は廃寺山王社は神埼郡仁比山にいやま神社へ合祀された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 しも ヤマ

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む