倉園村(読み)くらぞのむら

日本歴史地名大系 「倉園村」の解説

倉園村
くらぞのむら

[現在地名]甘木市倉吉くらよし

吉末よすえ村の西、小石原こいしわら川と佐田さだ川の間に形成された平野部に位置する。下座げざ郡に属し、西は筑後国御原みはら本郷ほんごう村のうち今川いまがわ、南は同郡友光ともみつ(いずれも現大刀洗町)。江戸時代を通じて福岡藩領。蔵園・蔵薗・倉薗とも書いた。小早川時代の指出前之帳では蔵園村の田三町五反余(分米三八石余)・畠五反余(分大豆五石余)。慶長石高帳に蔵薗村とみえ、慶長七年(一六〇二)の検地高八八石余、うち大豆七石余。田圃志では倉薗村とあり、元禄五年(一六九二)には高八九石余・反別六町四反余、家数五・社一、人数四二。石高書上帳案の郡帳高も八九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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