公官洲新田(読み)こうかんずしんでん

日本歴史地名大系 「公官洲新田」の解説

公官洲新田
こうかんずしんでん

[現在地名]佐原市公官洲・公官洲新田

新(しん)島に開発された十六島(じゆうろくしま)新田以外の新田。附洲(つきす)新田の北西に位置し、南に与田(よだ)浦がある。承応二年(一六五三)上戸(わど)村(現茨城県牛堀町)出身の七郎兵衛が開発したとされる(大友家文書)。幕府領で、延宝期(一六七三―八一)当新田の定納の蒲地年貢一石五斗を扇島(おうぎしま)村・境島(さかいじま)村・加藤洲(かとうず)村が高割で負担している(佐原市史)。延享元年(一七四四)の新島領検地、明和四年(一七六七)の検地を経て反別九反余が高入れされたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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