日本大百科全書(ニッポニカ) 「兵法家伝書」の意味・わかりやすい解説
兵法家伝書
へいほうかでんしょ
剣術書。新陰柳生(しんかげやぎゅう)流(江戸)の基本伝書で、1632年(寛永9)柳生但馬守宗矩(たじまのかみむねのり)62歳のときの完成、「進履橋(しんりきょう)」「殺人刀(せつにんとう)」「活人剱(かつにんけん)」の全3巻からなる。このうち「進履橋」は一名を「新陰流兵法之書」といい、上泉伊勢守秀綱(かみいずみいせのかみひでつな)から父の石舟斎宗厳(せきしゅうさいむねよし)に相伝された新陰流の技法を一書にまとめたおおよその目録で、「殺人刀」と「活人剱」は、宗厳・宗矩父子二代にわたる修行工夫をはじめ、僧沢庵(たくあん)や門人である細川忠利(ただとし)、鍋島勝茂(なべしまかつしげ)・元茂(もとしげ)らの協力によって樹立された技法および心法上の理論的体系を詳述したもので、奥書に「漸(ようや)く知命の年(50歳)を過ぎ、此(こ)の道の滋味(じいみ)を得たり、一件の理を得る毎(ごと)に之(これ)を記す、積んで多端(たたん)に渉(わた)る、窮(きわま)る所一心に帰す」と述懐している。
[渡邉一郎]